巻貝たちの歓喜が影響を受けた作品 Vol.2 小説&映画「ソラリス」

巻貝たちの歓喜が影響を受けた作品Vol.2 小説&映画「ソラリス」

不明 / Public domain

原作:1961 ポーランド スタニスワム・レム著
映画「惑星ソラリス」1972 ソ連 監督:アンドレイ・タルコフスキー
映画「ソラリス」2002 米 監督:スティーブン・ソダーバーグ

脚本を書くときに登場人物の名前って苦労します。前作「唯一、すべて」、前前作「チクタクレス」では、登山好きなので山の名前をもじったりしましたが、今回はといえば「ソラリス」からかなり頂きました。

例えば主人公は来栖慶一郎という名前ですが、これは「ソラリス」の主人公クリス・ケルビンをもじってます。
またヒロインの1人は洲谷麗美という名前ですがこれは「ソラリス」の原作者スタニスワフ・レムからです。

もともと死んだ妻が実体化して現れる、という物語の骨子は、小説「ソラリス」をインスパイア元としています。

原作は未知の知性とのコンタクトを描いた非常にクールな空想科学小説です。

有名なタルコフスキー版の映画は人間のノスタルジーに重点を置いた描き方になっています。レムはタルコフスキー版映画のことは評価していなかったようです。

ソダーバーグ版はラブストーリーの側面を強調しすぎてタルコフスキー版よりさらに原作から離れています。

ソラリスあらすじ
はるか未来。宇宙の彼方にソラリスというほとんど海ばっかりの惑星が見つかった。人類は調査隊を送り込むが、調査隊は頭がいかれちゃったとしか思えない報告をしては、死んだりいなくなったりして、ソラリス研究は徐々に縮小されていく。ソラリス軌道上の研究施設には今や科学者が三人残っているだけ。心理学者のクリス・ケルビンは様々なクレージーな報告の真偽を確かめるべく研究の最後の予算枠でなんとかソラリスに赴く。たどり着いてみると三人しかいないはずの宇宙ステーションには正体不明の女や子供がウロウロしている。誰だあいつら?と思っていたクリスの前に、かつて自殺した彼の妻ハリーが現れる。
どうも惑星は意思を持っているらしく、人間の記憶の中にあるものを実体化させて人間たちを試しているらしい。

小説は惑星の意思のようなものが起こす現象にフォーカスを当て、タルコフスキー版映画はその現象を目の当たりにした人間たちの反応を描こうとします。

さて「巻貝たちの歓喜」を自分は基本的にはラブストーリーであると考えており、その意味ではソダーバーグ版が一番近いのかもしれませんが、やはり映像的な雰囲気、どこか退廃的なイメージはタルコフスキー版の影響が大きいと思っています。

終盤に首都高を走る車窓という場面を用意していますが、ここは明確にタルコフスキー版「惑星ソラリス」の当時の東京の首都高で撮影された未来都市のシーンへのオマージュとして書きました。

ただ「巻貝たちの歓喜」の物語の裏の裏の裏あたりの設定として、ガイア説的な意味での地球という意思が人間に対して実験を行っている、というものがあり、その辺はやはり原作の影響だと思っています。

タルコフスキーの「惑星ソラリス」は池袋新文芸坐のオールナイト上映で「ストーカー」「ノスタルジア」とのセットで鑑賞しました。徹夜でタルコフスキーなんて絶対寝るな~と思ってましたが、3本とも魅入ってしまいました。

終わった後、妻と友達の三人で赤羽早朝呑みしたときの倦怠感は得難い経験でした。

タルコフスキー版は冒頭水草の揺れる川の流れを長々と映します。タルコフスキー映画には水のイメージが付きまといます。決して土砂降りや荒波ではなく、ゆったりとした波紋やゆらぎ、冷たすぎず暖かすぎず、なにかゆりかごのような反復運動で映画にリズムを与えているのかもしれません。

私は「巻貝たちの歓喜」では水を異様さを表現するために使い、あわせて母なる海のイメージとの対比で、人間を包み込み支配する「何か」を表現したいと考えています。

わりと人間がずぶ濡れになるシーンが好きで、前作「唯一、すべて」にも、前前作「チクタクレス」にもぶっ込みましたが、今回はさらに俳優たちには過酷なずぶ濡れシーンを用意しています

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