製作日誌的なもの

脚本の第1稿を書き上げたのは2017年の春ごろ。
当初は30分以内の短編を目指していたが、脚本を書き直すうちに90分の長編となった。
撮影前の最終稿は2018年3月完成 第13稿となっていた。

2014年のある映画祭で齋藤新古本恭一は意気投合し、齋藤は古本に今度一緒に映画を作りましょうと軽い口約束をする。
とはいえ当時すでに自主映画の世界では監督としても俳優としても知名度のあった古本に出演オファーするなら
よほどのものを出さなければならないと考えていた齋藤は、古本恭一主演作品プロジェクトはいったん寝かす。

その後一作品女性映画を撮ってから、ようやく2016年ごろ巻貝の原型の原型のアイデアを思いつく。

ツブ貝を食べたら亡くなった妻の幻覚が現れる・・・

この時のアイデアはただそれだけだったが、
毒を煽ってでも亡き妻にもう一度会おうとする男の姿に古本恭一がピタリとハマった。

そういうわけで、最初から主人公来栖慶一郎役に古本恭一を想定していた齋藤新だったが、
執筆期間の半年間は、古本にはあえて伝えていなかった。
(他の監督友達には結構読んでいただいて意見をもらったりしていた。エンドロールの脚本協力の欄に意見をいただいた監督名を紹介させていただいた)

齋藤新は当時古本が新作映画「不完全世界」を撮影中であることはFacebookなどの古本の書き込みで知っており、撮影が終わった頃に出演依頼をしようと思っていた。
そしてようやくほぼ最終稿に近い形に「巻貝」の脚本が仕上がってきた2017年9月に、思いがけず古本恭一から連絡がくる。

それは「不完全世界」で共同監督をしてくれないかという古本からの依頼だった。
齋藤新は良い機会とばかりに「巻貝たちの歓喜」の脚本を見せた。
古本は一読して「やりましょう」と言った。
不完全世界の監督を引き受けて、終わったら「巻貝」に出演してもらう。そんな「交換条件」が成立したのだった。

脚本執筆はカフェとかの方がはかどる…当時本職であるソフトウェア開発の会社では毎日のように昼休みになるとノートパソコンを抱えてカフェに入り脚本を書いていた齋藤は、職場の人から芥川賞を目指している小説家ではないかと噂されていた。

齋藤は「不完全世界」の第弐話を2018年2月ごろ撮り終えてから間髪入れず「巻貝」の準備に取り掛かる。
物語の中心となる来栖晴海役のきむらまさみ、語り部として活躍する洲谷麗美役の神戸カナ
この二人も脚本執筆中から想定(&根回し)していたため、キャスティングはすぐに決まった。
二人とも齋藤が長野県で映画を撮っていた頃のお気に入りの女優だった。5年ぶりの出演オファーだったが二人ともあっさり引き受けてくれた。

問題だったのは地下アイドル安東るる子役の女優で、齋藤は本に書いたはいいものの全くあてはなかった。
しかし齋藤の映画監督友達が、山城まことを紹介してくれた。
19歳という若さと笑顔の可愛さ、ちょっと大人びた目をした山城まことの演じるるる子を見てみたいと思い、出演を依頼した。

こうして主要メンバーのキャスティングが決まり、巻貝プロジェクトは始動したのである。

全くあてのない役といえば、ドイツ人青年リヒターも課題だったが、主要ロケ地である松本の友人たちにお願いしたところ、信州大学のドイツ人留学生に声をかけてもらい、マルティン・グロヴァッツさんの出演が決まった。
日本のアニメ大好きなマルティンさんとの第一回打ち合わせでのアニメ談義はとても楽しかった。

齋藤はこう思った。「脚本を書くにあたり、無理そうなことでも臆せずにどんどん書いていこう。情熱があれば大概の課題は乗り越えられるものだ」・・・と。

クランクインの前に、主要キャストとのキャラクターづくりを進め、稽古を行う。
齋藤新はパッケージ化された演技は好まない。
期限は設けずに内面にキャラクターが染み渡り、段取りではなく感情が自然と行動になって現れるようになるまで役作りや稽古を役者とともに徹底的に作り込む。だからあまり商業映画には向かないと齋藤は語る。

来栖と晴海のシーンを演じるにあたり、二人の親密さの表現が課題だった。初顔合わせとなる古本ときむらは、その演技経験で補ったとしてもよそよそしさは残る。
だが10年間愛し合い、妻が亡くなってからの10年間も愛を失わなかった男によそよそしさがちらりとでも見えたら、作品は崩壊する。
だからある意味で馴れ合い感すら感じさせるほどの親密さを出さなければいけなかった。

ところがこの映画で晴海にはセリフが一言もないため、読み合わせではどうにもならない。その上、それぞれの居住地が東京都と長野県と隔たっていた。
そこで、撮影前に数度に渡りネットミーティングを行った。
齋藤新と撮影監督さやか、古本、きむらの4人で、来栖と晴海の出会う前の10年間、出会ってからの10年間、晴海が亡くなってからの10年間、そして晴海が亡くなるまでの数日間といったエピソードを細部に至るまで話し合った。
ネットでの打ち合わせを繰り返したおかげで初めて二人が生対面した時にはもうすっかり、来栖と晴海が出来上がっていた。

右からきむらまさみ、古本恭一、齋藤新(監督)、齋藤さやか(撮影)。齋藤新はこの時のことを「いい時代になったなぁ」と振り返っている。

一方で洲谷麗美役の神戸カナとも、麗美という人物の半生を、徹底的に話し合ってキャラクターの深掘りを行った。麗美の体のある特長についても詳細なエピソードを作り込んだ。
だがこの麗美のエピソードについて齋藤はあえて古本には一言も話さなかった。
また来栖と晴海のエピソードについても神戸カナには話さなかった。
来栖と麗美は映画の中での出会いがお互いにとっての初めての顔合わせであり、ここはむしろ親密さや馴れ合い感が出てはいけなかったのである。

来栖と麗美は、会話で対決している趣があり、ここは映画としてのテンポを作るために徹底的な稽古を重ねた。
神戸カナは撮影前に数度にわたって上京し、来栖とのダイアローグバトルを何度も続けた。
古本恭一は神戸カナについて彼女の感性は本当に不思議で独特だ。とにかく声が良い。この映画の稽古の時に、ものすごい眼で睨まれて怖かったと語っている。
一方で神戸も古本さんは毎回麗美をイラッとさせるようなことを仕掛けてくる」と語る。

神戸カナ&古本恭一 稽古風景

稽古といえば肉体的にいちばん過酷だったのはアイドル役の山城まことだろう。
山城まことは演技だけでなく挿入歌「ミラクルナンバーナイン」の歌と振付の特訓に次ぐ特訓を数ヶ月行った。
発声練習そして振付師の大澤由理さんが考案した振り付けを来る日も来る日も練習した。その特訓の成果はライブシーンでご確認いただきたい。

またるる子がツブ貝を慣れた感じでさばくシーンの撮影のため、数十匹の貝で練習。本当にたくさんの貝をさばいて練習してくれた!!
彼女のさばいた貝殻の多くも劇中のあるシーンで出演している。少なくともツブ貝をさばくスキルについては業界ナンバーワンの腕前になったのではなかろうか!?

ミラクルナンバーナイン歌唱練習風景
ツブ貝捌き練習会。もちろんこの後つぶ貝の刺身は皆で美味しくいただきました。

クランクインは2018年5月のゴールデンウィーク。
銀座線で通勤中の来栖に安東るる子が挨拶をするシーンから始まった。
ゴールデンウィークは主にるる子中心で撮影し、本編以外に「ミラクルナンバー9」PV撮影も行った。

撮影風景

るる子がついに特訓の成果を見せる劇中のライブシーンは2018年6月に長野県松本市上土劇場で行われ、50人近くのエキストラに観客役として参加していただいた。

ライブシーンは撮影中に2回ある。
1回目のライブシーンは、楽しく元気な場面で、エキストラの皆さんはノリノリで参加してくれた。一方で2回目のライブシーンはちょっとした恐怖シーンであり、撮影監督からの「ゾンビのような目で」という要求にも応えたエキストラの皆さんの献身的な努力により素晴らしいシーンが撮影できた。

ライブシーン撮影風景
ライブシーン撮影風景。松本のみなさんの熱気で最高のシーンに
出演者4人が揃っているカットは少ないため、このオフショットは貴重です…

そこから9月まで約4ヶ月に渡り長野県、埼玉県、東京都、神奈川県をまたいで撮影が行われた。

ラストシーンロケ地、神奈川県「黒崎の鼻」
ロケ地:松本市の旧松本高等学校本館。左からトマス役のマルティンさん、ハイゼンベルク役の神田健太さん、校長先生、監督の齋藤新
夜の撮影。奥に見えるのは江ノ島
居酒屋シーンのロケ地は新宿。あんなシリアスな場面なのになんか楽しそう。

巻貝のクランクアップ後、いったん齋藤は巻貝から離れ、「不完全世界」の編集作業に入る。

年が明けて2019年から「巻貝」のポストプロダクションに移行。
劇中のセリフはもちろん、ほぼ全ての音(足音や椅子を引く音、食器同士が触れる音やドアの音など)をアフレコで追加した。
アフレコ職人となった監督・齋藤新にもぜひ注目してほしい。

劇中最も台詞量の多い神戸カナはアフレコでも何度も上京した。
実はわりと真面目な神戸カナはほとんどの台詞が台本通りでありアフレコはスラスラとこなしていた。
一方で直感系俳優の古本恭一はむしろ台本通りに喋っているところが少なく、アフレコにはやや苦戦していた。

アフレコ風景
アフレコ風景。左にいるのはハイゼンベルクの声優 カイ・イッセイさん
波音を録音中。傘は風除けです。

台詞とSEを録り終わると今度は劇伴音楽の製作だった。
齋藤新作品に三度目の登板となる松本の作曲家横内究は、メロディにならないように、という齋藤からの要求に苦戦しながらも、見事な電子音系アンダースコアの楽曲を完成させた。
さらにYouTube風画面のBGMのファミコン系音源アレンジの「ミラクルナンバー9」や、居酒屋シーンの店内にかかるジャズ曲(横内自身がヴォーカルを吹き込んだ曲もある!)、さらには寿司屋のシーンの店内でかかる演歌なども作曲。
ベートーベンの第9とともに様々なジャンルの音楽が溢れる音楽映画のような作品世界作りに大きく貢献した。

ロケ地でもあった松本のAliqouiFilmスタッフの家で打ち合わせ。右が横内究さん

作品がほぼ完成に近づいた頃、作品の顔とも言える「題字」に強いインパクトが必要と感じた齋藤新とさやかは、インスタグラムをチェックし一日一書投稿をしていた楽書家の今泉岐葉さんに題字制作を依頼した。
作品のテーマに共感した岐葉さんは題字制作を快諾し、いくつかのパターンのラフをもとに話し合いを重ね、最終的にあの強いインパクトのある題字が出来上がった。

全てが完成したのが2019年の10月

そこからさらに英語字幕制作を行い、「巻貝たちの歓喜」は英題を「ETERNAL」として世界の様々な映画祭に出品。
現在までに、以下の賞を受賞している

  • イスタンブール・フィルム・アウォード JUNE2020 最優秀外国映画賞、最優秀撮影賞(齋藤さやか)
  • スウェーデンフィルム・アウォード JUNE2020 外国映画賞[Finalist]、主演男優賞(古本恭一)[Fainalist]、主演女優賞(神戸カナ)(Finalist)
  • ヴェガス・ムービー・アウォード JULY2020 長編インディーズ映画賞[Award of Presige]、助演女優賞(神戸カナ)[Award of Presige]
  • マンハッタンヘンジ国際映画祭 最優秀外国長編映画賞
  • ダンボ国際映画祭 外国映画賞[Semi-Fainalist]
  • ゴールド・ムービー・アウォード JULY2020 外国語映画賞[Semi-Fainalist]、主演男優賞(古本恭一)[Semi-Fainalist]、脚本賞(齋藤新)[Semi-Fainalist]
巻貝たちの歓喜 英語版イメージ
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