巻貝たちの歓喜が影響を受けた作品 Vol.3 小説「シャーロック・ホームズ」シリーズ

「巻貝たちの歓喜」が影響を受けた作品vol.3 小説「シャーロック・ホームズ」シリーズ

ホームズの肖像
シドニー・パジェット / Public domain

「シャーロック・ホームズ」シリーズ イギリス アーサー・コナン・ドイル著

私は熱狂的なシャーロッキアンではありませんが、ホームズは好きです。
今回なんとなく推理小説が好きで特にシャーロック・ホームズが好きという設定を主人公に付けました
実は個人的には推理小説作家といえば、ドイルよりはるかにずっとアガサ・クリスティを崇拝しているのですが、いつも「知ってるようでそんなに知らないもの」を主人公の趣味や仕事にすることにしています。

で、前々からホームズのこんな台詞が好きだったのです。

「不可能を消去して、最後に残ったものが、いかに奇妙なことであっても、それが真実となる」

この引用台詞を劇中で神戸カナ演じる大学准教授に喋らせています。
彼女はつい最近初めてホームズを読んだという設定なので、うろ覚えっぽくちょっと変えてますが。

余談ですが前述のホームズの台詞は、「スタートレック6 未知の世界」で、バルカン星人のスポックが、地球の小説にこんな言葉がある、と言って引用します。
余談の余談ですが「スタートレック6」の監督ニコラス・メイヤーは、以前に「シャーロック・ホームズの素敵な挑戦」という映画の原作と脚本を書いており、いわゆるシャーロッキアンなのだと思います。

私にとってのホームズはまず小学生のころ図書室に置いてあった厚めの子供向けに編纂された全集でした
そしてイギリスのグラナダテレビ制作、日本だとNHKで80年代に放映されていた「シャーロック・ホームズの冒険」です。
ホームズ役はジェレミー・ブレット(声:露口茂→ジブリの「猫の恩返し」のバロン役も演じておられ、声聞いたときホームズだっ!とうれしかった)。
テレビシリーズでありながら、セットや衣装が豪華で、演出も秀逸、バイオリンによる音楽も美しく効果的で、なによりジェレミー・ブレットのホームズがハマり役で素晴らしかったです。

今回20年ぶりくらいでホームズのシリーズを読み返してみると、その語り口の巧みさ、ホームズと言うキャラクターの面白さに改めて魅せられてしまいました。
ちなみに劇中で安東るる子(山城まこと)が「クラゲが犯人の話が面白かった」って言いますが、これは後期作品集のあるエピソードを指します。

ベスト3ってわけでもないですが、改めて読み返して印象的だったエピソードを3つ簡単に紹介。

「緋色の研究」

記念すべきホームズの第一話で、ホームズとワトソンの出会いの話です。ホームズの4つしかない長編の1つでもあります。
変人だが天才のホームズが難事件を推理で解決・・・はいいのだけど、あれあれ随分ページが残ってる状態で犯人逮捕しちゃうんだな~と思っていたら
作品中盤、ホームズもワトソンも登場しない、アメリカの荒野での、被害者と犯人の過去のいきさつをものすごいボリュームで描くところがなんというか圧巻で、本編より面白いくらいでした。
砂漠の真ん中で餓死寸前だった血のつながらない父娘。迫害を逃れて集団で移住してきたモルモン教徒。教義が法律の街。モルモン教に助けられた父娘と運命的な出会いをする猟師の青年。
娘への愛ゆえに復讐に人生の全てを賭ける青年の物語は、圧倒的にパワフルでドストエフスキーっぽくもあり、ジェームズ・エルロイの犯罪小説のようでもあり。
本編におけるホームズのキャラクターも完全に立っていて、第一話でキャラクターは完成されています。長編だけにホームズっぽい言動や推理もたっぷり楽しめてお得感あります。
ただホームズが自らの推理の正しさを証明するためにワトソンとレストレイドの前で犬を毒殺して見せる件は、さすがに現代での映像化ではなんらかのアレンジが必要と思われます。

「黄色い顔」

ホームズの推理が完全に間違っていた話・・・といってよいでしょう。
19世紀末~20世紀初頭における人種差別的な風潮を描いた作品であり、人種を超えた愛の物語でした。
後の「三破風館」というエピソードではホームズは差別発言ともとれることを黒人ボクサーに対して言い放ちます。
そんなホームズだからこそ「黄色い顔」の人種の壁を越えた愛については真実を見抜けなかったのかもしれません。
「黄色い顔」を読む限りドイルは人種差別主義者ではないと思いますが、「三破風館」を考えると微妙。あの時代のイギリス人には少なからずそういう考えは刷り込まれていたのかもしれませんが、そうではないと信じたいです。(だからといってドイルの作品それ自体の価値は揺るぎません。それはシェークスピアに差別意識が垣間見える台詞があっても作品の芸術性が揺るがないのと同じです)

「ソア橋」

ドイル作品に南米の人間が何度か登場しますが、決まって情熱的。つまりステレオタイプ。
南米の人間は情熱的だから・・・という印象で推理を展開するホームズ先生にちょいと短絡的すぎやしませんかと突っ込みたくもなりますが、しかし毎回それで劇的効果を生んでます。
ソア橋のヒロインはその激情家資質を存分に使うことで、難事件を起こし、トリックにも物語にも深みを与えていてうまいです。

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