巻貝たちの歓喜が影響を受けた作品Vol.5「フルトヴェングラーのベートーベン交響曲第9番」

「巻貝たちの歓喜」が影響を受けた作品Vol.5 「フルトヴェングラーのベートーベン交響曲第9番」

フルトヴェングラーの肖像画
Emil Orlík / Public domain

映画「巻貝たちの歓喜」はヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮のベートーベン第9番がインスパイアを超えて、直接的なテーマと言ってもいい作品です。
ナチス政権下で政府や戦争のためでなく国民と芸術のためにタクトを振り続けた信念の人物フルトヴェングラー。しかし、政府と戦争のための音楽に利用された悲劇の人物フルトヴェングラーを描くことが、右傾化していく今の日本へのメッセージになると思っています。

そんなフルトヴェングラーがもっとも愛し、もっとも得意としたベートーベン交響曲第9番について、vol.4に引き続いて書きたいと思います。

フルトヴェングラーとその時代

真の創造者はひたすら直接に、もっぱら生きた人間に向かって語りかける。これがバッハの音楽であり、モーツァルト、ベートーヴェン、そして現在にいたるすべての偉大な作曲家たちの音楽であったのだ
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー (1886-1954)

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー は1930年代から50年代にかけて活躍した、当時世界最高の指揮者と呼ばれ、未だにファンの多いクラシック音楽史に名を残す指揮者。ドイツ人でドイツ音楽を得意としました。ベートーベン、ブラームス、ワーグナーといったあたりです。

ただ彼がやたらドイツ音楽を演奏したのは、1930年代から40年代におけるナチスドイツの政策によるところも大きいと思います。
ナチスは独裁体制を確立すると、徹底してドイツ的なものを褒め称えてドイツこそ世界で最も優れた民族であるとする思想を政策の基軸としました。
そしてドイツ以外の民族は劣っているとし、特にユダヤ人やユダヤの文化を徹底的に排除しました。ユダヤ人の作った音楽の演奏を全面的に禁止したのです。そのためマーラーの音楽などはナチス時代のドイツでは演奏できなくなりました。フルトヴェングラーはそうした政治による芸術への介入を激しく嫌悪し、しばしばナチスを批判しました。

ちなみにフルトヴェングラーが戦前にマーラーの交響曲9番を演奏したという記録がありますが録音は残されていません。この時の演奏はナチスによるユダヤ音楽禁止令の直前でした。きっとフルトヴェングラーはそれを知ってマーラーをあえて演奏したのではないでしょうか?

ともかくフルトヴェングラーはナチスの手先となることを快しとせず、ナチス主催の演奏会は色々と理由をつけては断ってきました。しかしナチスの宣伝相ゲッペルスはフルトヴェングラーより遥かに狡猾で、フルトヴェングラーの他の予定を政治的な力で取り潰し、ナチスの演奏会を断れないようにしました。

さらに、フルトヴェングラーの演奏会が決まれば政治的な力で先頭近くの列の席を買い占め、そこにヒトラーはじめナチ幹部をずらりと並べ、フルトヴェングラーが演奏前後に一礼すると、それがあたかもヒトラーに礼をしているかのように見える位置にカメラマンをスタンバイさせて写真を撮りました。ナチスは世界的な巨匠フルトヴェングラーをドイツ文化を世界に伝える宣伝に利用したかったのです。結果としてフルトヴェングラーはナチスの広告塔の如き演奏活動をすることになります。

フルトヴェングラーはナチス批判を繰り返し、また密かにユダヤ人音楽家の国外脱出に協力することもあったそうです。なにかにつけてナチスに反抗的な態度をとるフルトヴェングラーを嫌うナチス幹部も多かったのですが、一方で世界的な巨匠である彼には利用価値もあって黙認されてきたのです。しかし終戦も近いころついにナチスはフルトヴェングラーを反逆罪か何かで逮捕しようとします。ドイツは敗色濃厚でナチス政権は崩壊寸前、フルトヴェングラー擁護派のナチス幹部が戦死したり失脚したりで、フルトヴェングラー嫌悪派の秘密警察のハインリッヒ・ヒムラーを押さえつけることができなくなったためです。そんな秘密警察の動きを察知したフルトヴェングラーは逮捕寸前スイスへ亡命します。この時捕まっていたら50年代の名演の数々は無かったかもしれません。

なお、ドイツに残り続けたフルトヴェングラーを批判する意見もあります。彼は結果的にナチスの広告塔になった。心ある芸術家ならナチスの支配するドイツなど捨てるべきだった、という考えです。たとえば同時期のイタリアの世界的指揮者トスカニーニは、ムッソリーニのファシスト党が政権を取るとさっさとアメリカに亡命し、ファシスト国家を批判し、ドイツに残ったフルトヴェングラーを批判しました。

戦後、ナチスは滅び、フルトヴェングラーはドイツに戻ります。しかし彼を待っていたのはドイツを分割統治したアメリカ、ソ連をはじめとする戦勝国による冷たい対応でした。戦勝国はナチスやその協力者を逮捕し裁判にかけて処分していました。ナチスの広告塔にしか見えなかったフルトヴェングラーもナチス協力者の嫌疑をかけられ彼は何年か演奏活動を禁じられたのです。それでもフルトヴェングラー を知る人たちの証言でナチス協力者の疑いは晴れ、1947年に音楽活動に復帰します。

しかし1950年代には、フルトヴェングラーはベートーベンのように難聴に悩まされます。ナチスに散々演奏を邪魔された時はむしろ闘志を燃やしていたのに、聴力を失ってからは急速に生きる意欲を失って行きました。そして1954年、ベルリンフィルハーモニー管弦楽団のアメリカツアーを目前にして亡くなります。ちなみに急逝したフルトヴェングラー に変わってアメリカツアーを指揮したのはヘルベルト・フォン・カラヤンで、彼はアメリカツアーの成功によって新たなドイツ音楽界の巨匠の地位を不動のものとしました。

フルトヴェングラーの音楽世界

オーケストラの指揮者には色々なタイプがいますが、ざっくり二つに分けると、激情家タイプと、冷静沈着タイプになると思います。冷静沈着タイプの代表といえばカラヤンでしょう。一方で激情家タイプの代表がフルトヴェングラーやバーンスタインだと思います。

フルトヴェングラーの音楽は特にテンポがウネウネと変化します。猛スピードで演奏したかと思えば急にゆっくりになったり。そして彼はスタジオでの録音のための演奏は好まず、現在残されている録音のほとんどはコンサートでのライブ録音です。(反対にカラヤンは録音のためのお客を入れない演奏を沢山しました)

フルトヴェングラーの録音は臨場感でいっぱいです。リズムを取るために指揮台をキックする音や、譜面をめくる音、観客の咳払いなども聴こえて臨場感と失敗の許されない緊張感が伝わってきます。そして演奏は時々ミスもします。有名なベートーベン第5番「運命」のフルトヴェングラー復帰記念演奏会の録音を聞いていると、冒頭の例のジャジャジャジャーンのところで、木管楽器のなんかが明らかに出トチリして他のパートより早く演奏を始めたりして苦笑を誘いますが、フルトヴェングラーの演奏はそんな少々のミスすら生きた音楽の生きた演奏として魅力の中に取り込んでいきます。彼は一回きりの本番の迫力を大事にします。(カラヤンなら演奏のミスがあれば、そこだけ別録音して編集で繋げたりするんですよ)

あと、フルトヴェングラー のトレードマークといえば、ドロドロドロドロとうなるようなティンパニの音でしょう。最初録音のせいだと思っていましたが、どうも意図的に低音部を強調した演奏をしていたらしく、そのためにティンパニの音も独特な響きになったようです。

同じベートーベンでもカラヤンと比較してみると、音楽として完全性を追求し一糸乱れぬ美しさを求めたカラヤンと、ぐちゃぐちゃに乱れることも厭わずその場その場で感情を殴りつけていくようなフルトヴェングラーの演奏はあまりに対照的です。音楽って指揮者の解釈次第でこんなにも変わるのか、と思い知らされます。

フルトヴェングラーマニア

クラシック音楽には「沼」があります。好きを超えてへんな部分にズブズブハマっていくような中毒的な魅力です。たとえばマーラーの音楽が好きすぎて同じ曲でも色んな指揮者の色んな演奏を聞き比べたがる人。たとえば自宅のステレオの音質にこだわりすぎて、アンプは真空管を使ったバカでかいやつ、スピーカーも馬鹿でかく、さらにはコンセントからのノイズの混入を嫌って自分専用の電信柱を立ててしまうような音響オタク。そしてある特定の指揮者に惚れすぎて、その人のありとあらゆる演奏を集めようとする人です。

フルトヴェングラー沼にはまる人は多く、死後60年近くたった今なお渋谷や新宿のタワーレコードには「フルトヴェングラーのコーナー」が中々のスペースを占めてしまうのです。
フルトヴェングラーの現存する録音はすべてモノラルです。ステレオでデジタル録音された近年のものと比べたら音質は酷いものです。しかし、音質など問題にならないくらいの圧倒的な迫力と、唯一無二すぎる演奏の個性がファンを魅了します。

フルトヴェングラーは死後60年近くを経過しているため著作権も、隣接著作権も消失しており、要するに音源さえ持っていれば世界中の誰がCD化して発売しても問題ないのです。しかし、誰もがCD化できるものであればどうやって商品としての付加価値を付けるのでしょうか?そこはマニアたちも考えるのです。

これまで誰も発売していない録音を「発掘」したとして発売する事が2018年の今でも結構あります。また過去に発売された録音の音質やピッチを調整してよりオリジナルに近い状態にした、というものもあります。そういうCDですとアナログテープやLPレコードからいかにノイズの無いようにデジタル化したかの技術的な解説だけが誇らしげに書かれているのがなんだかオタクっぽくて微笑ましくなります。

フルトヴェングラーと「ベト9」

フルトヴェングラーはベートーベンの演奏を得意とし、中でも第9番をことの外愛し、演奏会では何十回と取り上げましたし、録音も沢山残されています。そしてファンはフルトヴェングラーの第9番に、何年のどこでの演奏かによって通称をつけます。フルトヴェングラーの数あるアルバムから一枚選べと言われて多くの人が選ぶ名盤中の名盤が、「バイロイトの第九」と呼ばれる、1951年のバイロイト祝祭演奏会というイベントでの演奏を収めたものです。私もバイロイトの第九が、ベートーベン第九の決定版だと思ってます。これを聞いたらどんなにデジタル録音の綺麗な音質のものだろうと物足りなく感じてしまいます。

この「バイロイトの第九」ですが実は2種類の明らかに異なる録音があって、どちらかが本番での録音で、どちらかがリハーサルの録音だろうと言われ議論のネタになっています。私の持っているやつはどうもリハーサル版の方らしいです。第一楽章はじっくり、第二楽章もじっくり、第3楽章はものすごくロマンチックで、第4楽章は次第にテンポが上がっていき、最後は爆速演奏になっていきます。第4楽章の終局部の爆速っぷりはフルトヴェングラー第九のトレードマークです。

他にも「バイロイト」と人気を二分するのが1954年にルツェルン音楽祭で演奏された「ルツェルンの第九」です。「バイロイト」に比べるとややテンポがゆったりして、じっくりと音楽に向き合っている印象です。

他にもその名も「ヒトラーの第九」という録音もあり、これはナチス政権時代のヒトラー誕生日記念演奏会のものです。フルトヴェングラーがもっともやりたくなかった演奏会ですがナチスの謀略に負けて引き受けざるを得なくなった「屈辱の演奏」です。しかしながら当時そのあまりの迫力からヒトラーへの憎しみと怒りの表現ではないかと言われたほどの演奏でした。戦前録音のため非常にノイジーなのが惜しいですが、第一楽章の叩き込まれるティンパニの迫力は凄まじく、また第4楽章終盤の爆速っぷりはバイロイト版よりさらに激しいです。

「巻貝たちの歓喜」でハイゼンベルクが次元移送転換装置で原爆とともに次元のかなたに葬り去ろうとしたのはこの「ヒトラーの第九」のリハーサル盤のレコード(もちろんそんなものは現存しません)という設定です。

その他「ベト9」名盤

ベートーベンの第九はやっぱりフルトヴェングラーの演奏が最高なのですが、負けず劣らず素晴らしい第九のアルバムを合わせて紹介します。

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ベルリンフィルハーモニー管弦楽団 1983年録音版
私が初めて買った第九のCD。しばらくこれを何も疑問も不満もなく聴いていたのですが、ある時フルトヴェングラーの「バイロイトの第九」を聴いて衝撃を受け、バイロイトばかり聴くようになってしまいました。

とは言えカラヤン。やっぱり聞かせます。たまにステレオで第九が聴きたい時にこれを聴きます。あとカラヤンはフルトヴェングラーよりややアップテンポで演奏し、しかもリズムが安定しているので、マラソンしながらのBGMとしてはこちらの方がいいです。

カラヤンのベートーベンは速いです。フルトヴェングラーに慣れるとそのテンポの速さが気になります。これはベルリンフィルの元団員曰く、「カラヤンは早く帰りたかったから」だそうです。
ベルリンフィルの演奏が終わり観客がまだ拍手を続けている頃、カラヤンはすでにタクシーに乗っていたという逸話もあります。(ちなみに現代最高の指揮者として名高いサイモン・ラトルの第九はカラヤンよりさらに早いです)

そんなややアップテンポなカラヤンの第九ですが、そうは言ってもさすがにベルリンフィルと一時代を築いた人物だけあって、演奏は重厚で圧倒されます。何と言っても第4楽章の美しさでしょうか。それと第4楽章の男性テノールの独唱のところ、惚れ惚れするくらいの美声です。

カラヤンは苗字に貴族階級を意味するVonが付いていることからわかるように、生まれつきの貴族でセレブで金持ちです。父親が買ってくれたオーケストラで指揮者としてデビューを飾ると言う、凄すぎてよくわからないセレブ逸話を持っています。生粋のドイツ人で、若い頃はナチスに仮入党手続きもとったことがあります。カラヤン自身はそれを若気の至りで間違いだったと述べていますが、アメリカでのコンサートツアーではナチスを支持していた過去を批判され抗議もされたそうです。
フルトヴェングラー亡き後ベルリンフィルを引き継ぎ、何十年もかけてフルトヴェングラー色をカラヤン色に変えていきました。一方でベルリンフィルの終身指揮者となり独裁者のように新メンバーも演奏内容も一人で決めていきました。晩年はベルリンフィルの団員と仲がうまくいかなくなりました。

この人の功績はとにかくものすごい数の演奏と録音をこなし、クラシック音楽を身近にしたことではないかと思います。あらゆるクラシック音楽のスタンダードにして最高レベルの演奏を築き上げました。クラシックCD何買おうか迷ったらとりあえずカラヤンと言う居酒屋の生中のような立ち位置にいるのがカラヤンです。

余談ですが、フルトヴェングラーはカラヤンのことを毛嫌いしていてカラヤンと言う名前を呼ぶのも嫌で「K」(ドイツ語だから「カー」)と呼んでいたそうです。

レナード・バーンスタイン指揮 バイエルン放送交響楽団 ドイツ再統一記念コンサート 1990年録音
カラヤンと人気を二分した2大巨匠の一人、レナード・バーンスタインの晩年期の録音です。
バーンスタインはユダヤ系アメリカ人。移民で父親は理髪店経営だったそうで、若い頃は共産主義に傾倒していたバリバリ庶民です。いろいろとカラヤンと対照的すぎて面白いです。冷静沈着で美しさを追求するカラヤンと、激情家気質で迫力やノリを追求するバーンスタインは演奏スタイルも全く違います。しかも顔がまたどことなく似てるんですよね、この二人。カラヤンのブレイクきっかけは先にも述べたフルトヴェングラーの代役でしたが、バーンスタインはというとナチスの迫害から逃げてアメリカに渡ったユダヤ人でフルトヴェングラー、トスカニーニとともにこのころ世界三大巨匠と言われていた指揮者ブルーノ・ワルターの代役でニューヨークフィルで指揮を務めたことだったそうです。どちらも歴史を感じる話です。
二人の絶頂期においてはライバルとして不仲説もありましたが、晩年はお互いを認め合いジョイントコンサートも企画していたらしいのですが、実現することなくカラヤンが先に亡くなりました。1990年録音だからカラヤンの亡くなった翌年の演奏だったのですね。

こちらはフルトヴェングラー版よりももっとじっくりゆっくりとしています。バーンスタインも60年代くらいの演奏はやんちゃっぷりの激しい悪ノリ演奏が特長だったのですが、この晩年の録音は老人らしい落ち着きを感じます。とはいえこの第九もまたドイツ統一記念という歴史的な意味を外して考えても、バーンスタイン渾身の演奏と言える素晴らしいものです。第一楽章の終わり方、カラヤンならビタッと止めるところを、余韻をずっと残すように流して終わらせるところ、二人の解釈の違いが聞けて面白いです。

この演奏でバーンスタインは歌詞を少し変えました。歓喜を意味する「Freude」を、自由を意味する「Freiheit」に変えて、ベルリンの壁の無くなったドイツを祝福しました。思えばナチスによる戦争で分断されたドイツの再統一をユダヤ人であるバーンスタインが祝福するのも、歴史的な深みを感じます。

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