劇中の音楽について

ベートーベンの交響曲第九番

本作で主に使われるのはベートーベンの交響曲第九番。
「時計仕掛けのオレンジ」「ダイハード」「エヴァンゲリオン」など、これまで数多の映画で使われてきた名曲だが、
ほとんどの場合は第四楽章「歓喜の歌」を中心とした使われ方だった。
第九の第一から第三楽章を否定して始まるという解釈が一般的な第四楽章は、
圧倒的にメロディが立っており、映画やテレビでもそれ中心のチョイスとなることは仕方がない面もある。
しかし第九を愛する監督・齋藤新は、第四楽章以外の素晴らしさも伝えたいという想いから、
本作の見せ場ではあまり使われることの少ない第一楽章と第三楽章にたっぷりと時間を割いた。

第三楽章は劇中後半の首都高シーン〜麗美の部屋のシーンで使用

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー

さて、そのベートーベン第九は多くの指揮者のもと演奏されているが、
劇中で使用したのはヴィルヘルム・フルトヴェングラーが指揮する1942年録音の第九である。
フルトヴェングラーは1930年代から50年代にかけて活躍。
彼の指揮する音楽に大いに魅了された齋藤新は
「フルトヴェングラーが指揮するベートーベンやブラームスやワーグナーは、
それを聴いたら他の演奏が聴けなくなるほどに圧倒的な力強さで聴く者の心を鷲掴みにする。
録音が古いとかモノラルであるとかいう技術上の問題をものともせず、唯一無二の激情を演奏してくれる」と語る。
フルトヴェングラーは表現を規制するナチスを憎み、しばしば批判する。
彼は国家による音楽の統制を批判し、ユダヤ人演奏家のドイツからの脱出にも手を貸した。
しかしより狡猾なナチスによってファシズムの広告塔のごとく利用される。
戦後は連合国によるナチス協力者の疑いをかけられ2年間の活動停止に追い込まれるが、
フルトヴェングラーに救われた多くの人の証言で無罪を勝ち取り、1950年代には数々の名演を残している。
表現の為に戦ったフルトヴェングラーが今の日本に問いかけてくるものは非常に大きく、そして重い。

真の創造者はひたすら直接に、もっぱら生きた人間に向かって語りかける。これがバッハの音楽であり、モーツァルト、ベートーヴェン、そして現在にいたるすべての偉大な作曲家たちの音楽であったのだ
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー (1886-1954)

ミラクルナンバーナイン

劇中では第九の第一楽章と第三楽章を大いに使用しているが、
第四楽章のあの有名な旋律をフィーチャーしているのがロック風アイドルソング「ミラクルナンバーナイン」だ。
全編に鳴り響くベートーベンの第九をかき分けて入ってくるようなこの曲は、
松本市在住の作曲家でアレンジャー(さらには映画監督でもある)の横内究が作曲した。
そこに本作の撮影監督である齋藤さやかが平和への想いを綴った歌詞を書き、
さらに女優・ダンサーとして活躍する大澤由理が振付を担当。
唄うのは当時19歳の新人女優・山城まこと。数ヶ月にわたる歌と踊りの特訓の末に、
本物のアイドルのような可愛さキュンキュンのパフォーマンスを披露。
ライブシーンのロケが行われたのは長野県松本市の上土劇場。観客エキストラのノリの良さにも注目。

ライブシーン撮影風景

劇伴音楽

ベートーベンの第九のみならず、本作では数々の劇伴音楽にも注目だ。
「ミラクルナンバーナイン」作曲の横内究が全ての劇伴音楽を担当。
ベートーベンともアイドルロックとも異質な、電子音を駆使した音楽で作品を盛り上げる。
秒単位で映像と同期したハリウッド映画音楽の巨匠のような仕上がり。
「メロディにならないこと」という指示を受けた横内はカット切り替えのタイミングを計り映像はあまり見ずに作曲を行った。
この作品ではハリウッド映画音楽の巨匠ジェームズ・ニュートン・ハワード(「シックスセンス」「ファンタスティック・ビースト」)のテクニックを参考にしたという。
あわせて、劇中の店内BGMの演歌や、ジャズ(横内自ら歌う曲もある!)、ユーチューバー風動画でかかるファミコン風音楽など、
一つの映画でこれほど多ジャンルにわたる作曲をやってのける横内究は才能の底が見えない。
インディーズ映画の音楽としては国内トップクラスの実力と断言できる。
音楽担当:横内究さん
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