劇伴音楽をいかに設計するか
齋藤 劇伴の話です。今回3回目です。私はデイブ・グルーシンという作曲家がすごい好きで(※1)、前2作はデイブ・グルーシンの音楽を頭に浮かべながら映画を作ってました。「デイブ・グルーシン風」って注文も付けました。ただ、私が思うに横内さんにとってデイブ・グルーシンはそこまで刺さる作曲家ではないんだろうなとは思ってました。
横内 知らなかったって言ってもいいくらい。
齋藤 今回「巻貝たちの歓喜」ではサンプルとして付けた曲は、主に坂本龍一(※2)でした。と微妙にジェリー・ゴールドスミス(※3)の「エイリアン」とか、ジェームズ・ホーナーの「エイリアン2」とか使いながら。
デイブ・グルーシンよりは坂本龍一の方が、なんとなく横内さんには刺さるのかなって気もしますし、たしかゴールドスミスは好きだって仰ってたと記憶してます。そういう意味では横内さんのもともとの世界に近いオーダーなのかなと思いますが。
横内 坂本龍一はまあ聞きますし、聞きますって言っても大ファンで全部聞くってわけじゃないですよ。ゴールドスミスは大好きです。なんだけど、ゴールドスミスにしろ、坂本龍一にしろ、すごさってのはメロディセンスだと思ってるんですよ。他にもすごいところはいっぱいありますけど、メロディセンスってのはとても大きなところとしてあると思うんですよ。例えば「ポルターガイスト」(※4)。あの冒頭の、オープニングのメロディは完ぺきだと思うんですよ
齋藤 「キャロルアンのテーマ」ですよね。
横内 はい
(齋藤と横内「キャロルアンのテーマ」を1〜2小節口ずさむ)
横内 なんですけど、今回の巻貝に関しては・・
齋藤 ああ、そうですね。メロディがない。
横内 メロディ禁止じゃないですか。
齋藤 そうですね(笑)
横内 どの曲の指示を見ても「メロディにならないように」っていうことが書かれていて、今回は音楽を作らせてもらえないなあっていう(笑)。
齋藤 とはいえ横内さんの書いてくださった曲も、本当に曲だけ聞いたら、やっべぇって思うくらい怖くて。
横内 今回は映像を見ながら曲をつけていくっていうことはしなくて。
齋藤 え?!そうなんですか?
横内 映像観て、とりあえず時間測って、何秒の曲を作んなきゃいけないのかっていうのをまず見るんですよ。その間に、曲の頭から何分何秒のところでこういうことが起こって、曲を変えていかなくちゃいけないポイントだけチェックしておいて、あとは映像を見ずに曲を作るっていうことをしたんですよ。
で、そうした結果、曲ができたところで映像に張り付けるんですよ。タイミングのズレとかを見るんですけど。
来栖が一人で家で飲んでて、ウィスキーの瓶を倒しちゃう、っていうシーンで、曲を作って張り付けて、現場の音と合わせて見たときに、これは怖すぎると思ったんですよ。
齋藤 はい、怖かったですよ。
横内 こんなに怖くしちゃってよかったのかなっていうのがあって、ここはNG食らうかなって思いながら提出しました。
齋藤 いや、あそこはNG出してないと思いますけど。そうですよね。
横内 今回はNGらしいNGはいただかなかったんで。
齋藤 完璧でしたよ、あのシーンは。あれはすごかったです。ジェリー・ゴールドスミスなみに。
横内 実はあそこは、僕としては、ジェームズ・ニュートン・ハワード(※5)なんですよ。
齋藤 おおお・・・「シックスセンス」(※6)の。
横内 そう「シックスセンス」です。
齋藤 ああ、なるほど、思い出してきた。
横内 彼のノウハウをちょっと拝借して。
齋藤 ジェームズ・ニュートン・ハワードって横内さんみたいにどんな曲でも書く人なんですよ。本当にすごい、クラシック的なものからジャズから、ゴールドスミスはロックは書けないって言ってたんですけど、ジェームズ・ニュートン・ハワードはロックも書けるからそこもすごいなって思います。
横内 あの人なんでもやる人ですよね。
齋藤 マルチ職人。
横内 逆に言うと「ぽさ」がないんですよね。
齋藤 そうですね。彼らしい味っていうのは・・・でも、私なんとなくわかりますよ。ハワードの曲だなってのは。例えば「ダークナイト」もハンス・ジマーと一緒にやってるじゃないですか。ここはハワード、ここはジマーだなとか。まあ、あの二人だと分かりやすいかもしれないですけど。
僕も大学のころ、作った映画に音楽をつけるときって、あのころあまり外に出す気もなかったんで、サントラの曲をばんばん使ってたんですけど、どうしてもこのシーンにあう曲がないって時はジェームズ・ニュートン・ハワードを探せばあるっていう、僕の当時の法則がありました。「困ったときのハワード」。
横内 へぇ。
齋藤 絶対あるんですよ。前後の曲との違和感もなくはまるのが。私の好きな作曲家です。
vol.1「挿入歌ミラクルナンバーナイン」
vol.2「飲食店BGMとゲーム音楽風ミラクルナンバーナイン」
vol.3「劇伴音楽について」
vol.4「映画サントラマニア同士のディープな領域」
vol.5「話はさらに映画音楽の深淵へ」
※1 デイブ・グルーシン
アメリカの作曲家、ピアニスト、ジャズフュージョン界の大御所的な人。映画音楽も70〜90年代に多数手がけ、「ミラグロ 奇跡の地」(ロバート・レッドフォード監督)でアカデミー賞受賞。他の作品に「黄昏」「チャンプ」「天国から来たチャンピオン」「トッツィー」「恋のゆくえファビュラス・ベイカー・ボーイズ」「マイフレンド・フォーエバー」など
※2 坂本龍一
「巻貝たちの歓喜」の音楽作曲用のイメージとして使った曲で一番多く使ったのは坂本龍一の「async」というアルバムでした。
このアルバムのコンセプトが「架空のタルコフスキー映画のサントラ」というやつで、「惑星ソラリス」に強くインスパイアされた「巻貝たちの歓喜」に雰囲気があってました。個人的には坂本さんのサントラの最高傑作は「シェルタリング・スカイ」だと思います。
※3 ジェリー・ゴールドスミス
1929-2004。アメリカの映画音楽の巨匠。80年代はジョン・ウィリアムズのライバル的に見られることもあったが、実際2人は非常に仲が良く、ジョン・ウィリアムズは好きな作曲家は?と聞かれるといつも真っ先に「ジェリー」と答えていた。ジョン・ウィリアムズはスピルバーグと超大作とアカデミー賞狙い作品ばかり選んで仕事していた感があったが、ジェリーは晩年までB級アクションやプログラムピクチャー的コメディも率先して手掛けていて、巨匠面せず映画音楽大好きな爺ちゃんであり続けたところが大好きだ。
※4 ポルターガイスト
1982年アメリカ映画。トビー・フーパー監督。スピルバーグが制作と脚本を手掛けたが、本来なら監督もするつもりだった。しかしE.T.と時期が被り、契約上の縛りで監督が出来なかったため、ホラーの名手フーパーに託した・・・のだが、スピルバーグは撮影現場に毎回顔を出して、フーパーの演出を一々変えさせたという。事実上のスピルバーグ監督作とも呼ばれる。
音楽はスピルバーグの盟友ジョン・ウィリアムズかと思いきや、彼もE.T.で忙しかったのか、あるいは前年の「アメイジングストーリー」でスピルバーグが気に入ったのか、ジェリー・ゴールドスミスの起用となる。
横内さん絶賛のキャロルアンのテーマは少年少女合唱団の唄う子守唄風の超絶癒しナンバー。かと思えば霊たちが暴れるシーンは、あらゆる楽器とコーラスと電子音が乱れ飛ぶ恐怖が狂喜乱舞する壮絶さで、こんなめちゃくちゃなサウンドはジョン・ウィリアムズには作れないだろう。
※5 ジェームズ・ニュートン・ハワード
ハリウッドの職人作曲家。クラシカルからロックまで、きっとテクノでもヒップホップでもなんでも書けちゃう人。どんな曲でも書ける特性を活かしてハリウッドでは、公開直前に作曲家が監督と喧嘩して降板した際のピンチヒッターとして大活躍。
ジェームズ・ホーナーの降りた「わが街」を、ジョン・バリーの降りた「サウス・キャロライナ」を、マーク・アイシャムの降りた「ウォーター・ワールド」を、ハワード・ショアの降りた「キングコング」を、短期間で余計なこだわり見せずに顧客要求を完璧にみたすコスパ最強男。
※6 シックスセンス
職人作曲家ジェームズ・ニュートン・ハワードをこよなく愛し、ほとんどの映画で作曲に起用し、彼の魅力をもっとも引き出している監督M・ナイト・シャマランの代表作。ハワードにとっても代表作か。シャマラン×ハワードのコンビとしては「アンブレイカブル」「レディ・イン・ザ・ウォーター」も素晴らしい。