巻貝たちの歓喜が影響を受けた作品 Vol.4 「ベートーベン交響曲第9番」

「巻貝たちの歓喜」が影響を受けた作品Vol.4 「ベートーベン交響曲第9番」

Joseph Karl Stieler / Public domain

交響曲第9番「合唱付き」 ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーベン

映画「巻貝たちの歓喜」はヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮のベートーベン第9番がインスパイアを超えて、直接的なテーマと言ってもいい作品です。

ナチス政権下で政府や戦争のためでなく国民と芸術のためにタクトを振り続けた信念の人物フルトヴェングラー、しかし政府と戦争のための音楽に利用された悲劇の人物フルトヴェングラーを描くことが右傾化していく今の日本へのメッセージになると思っています。

そんなフルトヴェングラーがもっとも愛し、もっとも得意としたベートーベン交響曲第9番について、書きたいと思います。

歴史上作られたありとあらゆる楽曲の中で一番好きなのは何か?と問われたら、ほぼ迷いなく私は「ベートーベンの第九」と答えます。(一瞬「ジョーズのテーマ」と答えたくなる衝動に駆られますが)

ベートーベンとその時代

ベートーベンは少なくとも名前は知ってるでしょうし、音楽の授業で聞いたこともあるでしょう。

英語読みだと「ビーソーベン」です。ビートルズに「ベートーベンをぶっ飛ばせ」って歌ありましたね。
ベートーベン交響曲第5番「運命」は例の♫ジャジャジャジャーンで始まる歴史上最も有名な曲ですね。

ベートーベンは1770年生まれ、1827年没。

アメリカ独立戦争は1775年から1783年、フランス革命は1789年、ナポレオン戦争は1803年から1815年と、ベートーベンは欧米における専制政治と民主主義革命の激動の歴史のうねりの真っ只中の時代を生きました。彼の音楽に垣間見えるダイナミズムは、時代と無関係ではありません。同じドイツ圏の作曲家でも、激動前の時代のモーツァルトの音楽や、激動後の安定期におけるブラームスの音楽にそうした傾向が見られないのも歴史の一端を見る思いです。

ベートーベンの音楽界への影響

ベートーベンは数多くの名曲を残した人ですが、交響曲は第9番が最後です。
ベートーベンより前の時代のモーツァルトは41番まで発表しました。30代で亡くなったのに。
ベートーベンより前のハイドンは交響曲100番以上発表してます(作りすぎだろ。しかもサブタイトルが「熊」とか「太鼓連打」とか、ふざけてるんだろハイドン)

彼らは割と軽い感じで交響曲を作ってきましたが、ベートーベンくらいから交響曲というと心も体もすり減らしながら作るものというものになってきます。
ベートーベン以降の作曲家たちは
9番に「死のジンクス」を感じるようになります。
ブルックナー、ドボルザーク、マーラーなど錚々たる面々が9番を遺作にしています。

余談ですがマーラーは「9番を書いたら死ぬ!!」と恐れるあまり9番目の交響曲にナンバーを振らずに発表しました。その曲は現在では「大地の歌」というタイトルで知られています。
ところがマーラーは「大地の歌」発表後も元気でピンピンしていたので「やった!9番の悪魔に勝ったぞ」と喜んで次の10曲目の交響曲を「第9番」として発表したら・・・なんという運命のいたずらか、それを遺作に亡くなってしまったのです。

チャイコフスキーは6番で亡くなり、ブラームスは4番で亡くなっています。ブラームスは何やってもベートーベンの真似になっちゃうって悩んで迷って初めての交響曲第1番を発表したのは40代のころでした。その第1番は超名曲ですが。

交響曲で作曲家が寿命を縮めるようになったのは、ベートーベンのせいです!

ベートーベンの交響曲第9番

さてベートーベンですが、晩年は難聴に悩まされました。第9番の作曲時にはほとんど耳は聞こえていなかったと言われています。しかしむしろ、そうして感覚の一部を失ったからこそ、より想像力を膨らませてあの第9番を作れたと言えるかもしれません。

参考までに1995年ごろの映画「ベートーベン不滅の恋」(ゲイリー・オールドマン主演)なんか、ベートーベンの基礎知識習得にいい映画だと思いますよ。

第9番は、作曲当時(1824年)としては、掟破りとも言える、合唱を伴う交響曲でした。また全四楽章のトータル演奏時間が60分を超えるというのも、当時としては破格のスケールでした。
モーツァルトの交響曲なんかほとんど四楽章で20分〜30分くらいです。
ベートーベンだって「運命」も「田園」も30分くらいです。

なお一説によるとCDの規格策定において、収録可能時間を当初74分にしていたのは、ベートーベンの第九のその当時最も長い演奏で70分くらいだったから、第九が一枚で収まるようにと、超有名指揮者のかのヘルベルト・フォン・カラヤンが進言したからと言われています。

それはさておき、長い、合唱隊も必要と、その当時ヨーロッパの音楽会を震え上がらせるほどの超大作でした。

ところで、日本では年末になると各地でベートーベン第九の市民コンサートが開かれますし、国内の有名なオーケストラも年末に第九を演奏する事が定番と化しています。面白いことにこの現象は日本だけで、他の国では「年末=第九」という印象はありません。なぜ日本で年末に第九が定着したのか?

これも一説によるとの話になりますが、オーケストラも合唱隊も必要な第九は年末に音楽関係者たちにいい感じで仕事を与えるのに丁度いい曲だったからと、言われています。

とは言え合唱が入るのは第四楽章のみです。第一から第三楽章まではオーケストラだけです。第九のコンサートでも三楽章まではコーラス隊は座って休んでいるのがふつうです。

楽章別解説・第一楽章

第一楽章は、悲劇的なしかし運命的なシリアスな響きで始まります。
何かベートーベンが死期を悟って並々ならぬ覚悟でこの曲に挑んでいるような、覚悟のようなものを感じます

交響曲第5番「運命」も方向性的には同じなんですが、なんというかあちらはまだ「死」というものを他人事のように感じているようなロマンチックさを感じます。

私がベートーベンの第九を全世界の歴代音楽のすべての中でもっとも好きな理由は第一楽章の最初の3分間にあるといっても過言ではありません。
華々しく、豪華絢爛なイメージのある他のベートーベンの交響曲とは違う、人生の全てを賭けた渾身の作品というイメージは第一楽章によって作られます。第四楽章の「歓喜の歌」だけ聞いて、いい曲だなーとか知ったような口聞いてるふざけた野郎が世の中にはなんて多いことか!

楽章別解説・第二楽章

音楽用語で「スケルツォ」と言われる激しめの曲です。映画音楽であれば、戦闘シーンやチェイスシーンにかかるようなハラハラドキドキなシーンのBGMに使われるような曲です。
ただし「スケルツォ」とは日本語直訳すると「笑曲」といいまして、本来はコミカルなイメージがあったものと思われます。

そんな「スケルツォ」のイメージを一変させたのも、このベートーベンの第九の第二楽章です。
以降の作曲家たちも、スケルツォと銘打って明らかにベートーベン第九の第二楽章を意識した曲を多く書いています。代表例はドボルザーク交響曲第9番「新世界より」の第三楽章のスケルツォでしょう。

ところで映画好きならスタンリー・キューブリック監督「時計じかけのオレンジ」で、主人公が政府によって行われる人格改造処理の過程でナチスの軍事パレードの映像を強制的に見せられている場面でそのBGMに使われているのが、ベートーベン第9番の第二楽章で、主人公が「やめろー!!僕の大好きなルードヴィヒをナチスのBGMにするなんてあんまりだー!!」と泣き叫ぶのが印象的です。

楽章別解説・第三楽章

超名曲のベートーベン第9番で多くの人に退屈や眠気を催させる、鬼門とも言える楽章が、この第三楽章です。
非常にゆったりしたテンポで、しかもあまりメロディラインも立ってなく、その割に結構長いという、クラシック苦手な人には特にキツイと思わせる部分かもしれません。

で、も、ね、

私はベートーベン第九の演奏で名演と凡演を分けるのがこの第三楽章だと思っています
ここをどれだけ聞かせるかで、オーケストラや指揮者の技量あるいはベートーベン第九との相性が測れます。
例えば世界一有名だった指揮者のヘルベルト・フォン・カラヤンの第九でさえ、第三楽章はなんか退屈で、つい早送りしてしまうんです。

ところがフルトヴェングラー指揮の第九は、この第三楽章で時に涙を誘うくらい情感たっぷりに、ラブリーに演奏するんです。私はそれこそ、フルトヴェングラーの第九だと第三楽章だけ聞いてみることすらあります。
とくに、溜めて溜めてからの、終盤における高らかなトランペットの音色は雲間から差し込む陽光のような神の息吹すら感じさせる荘厳なものです。

映画「巻貝たちの歓喜」でもオープニングシーンに第三楽章を持ってくるつもりです。世間から過小評価されている第三楽章に日の目を当てたいからという思いもあるのです!

楽章別解説・第四楽章

あの超有名曲「歓喜の歌」が聞けるのがこの第四楽章です。これまで、一、二、三楽章を褒め称え、むしろ第四楽章を低く見ているような書き方をしてきたかもしれません。
しかし、なんだかんだ言っても第四楽章こそ、ベートーベン第九の華であることは論を待たずです。

第四楽章はそれだけで25分くらいある大作です。
最初の数分が個人的にはツボです。

ここでは一、二、三楽章の断片がちょこっとずつ演奏されます。連続アニメにおける「先週までのあらすじ」みたいなもんでしょうか。ベートーベンのユーモアと取っても良いでしょう。実はこの部分にはこんな意味があるそうです。

私に音楽を聴かせてくれ

ベートーベンっぽい画像

♫第1楽章の断片♫

違う違うそんな曲じゃない

ベートーベンっぽい画像

♫第2楽章の断片♫

違う違う!

ベートーベンっぽい画像

♫第3楽章の断片♫

だからそんなんじゃない!!

ベートーベンっぽい画像

♫歓喜の歌のメロディ♫

そうそう、そういう曲を聴きたいんだ!!!

ってな意味がありまして、40分以上聴かせてきた第1楽章〜第3楽章をまず全否定してから第4楽章に進むという、とんでもない意味が込められています

一、二、三楽章の断片の後、いよいよあの超有名なメロディが始まります。まずは合唱なしで、オーケストラだけで例のメロディです。これだけでも充分盛り上がるのですが、オケの厚みが最高潮にたっしたところで、第四楽章の冒頭部分がリピートされます。

そして続けて響いてくるのは、作曲当時はルール違反とも揶揄された、独唱になります。
豊かな声量の男性のテノール。

そこから次第に盛り上がっていくのですが、ここでも例の有名テーマに被せてきます。
合唱が盛り上がったところで、行進曲風にアレンジされた例のテーマが奏でられます。

そしていよいよ、いよいよ…例の部分になります。

この交響曲最大の聞き所です!

あまりに有名すぎて様々な映画、アニメ、CM等で使われまくってますので、解説はしません、が、この超有名部分は第四楽章の真ん中辺で1分程度と、以外と短くしか使われていません。
第四楽章のよさは、この超有名な歓喜の歌で、オーケストラも合唱隊も指揮者も、そして観客もテンションを上げたこれ以降の怒涛の流れにこそあります。

そして音楽用語で、コーダと呼ばれる終曲部。第一楽章のシリアスさも、第二楽章のハラハラ感も、第三楽章の弛緩も、何処へやらの最高潮にあがりまくりのイッちゃった感はたまらんです。これぞ天上から響く音楽に形を変えた神の祝福ってもんでしょう。

長くなって来たのでまだまだ書き足りないベートーベン第9番については次回に続けたいと思います。

Scroll to top